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白石峠へ

ある昼下がり。僕は、ときがわ町にいた。


暑い。

道中、夏の陽射しで腕はすでにトーストのようだったし、ここに来るまでに麦茶やらポカリやら、雪印コーヒー、コーラなど2リットルは飲んだが、尿意が全くない。恐ろしい。


ローラーなら止めどなく滴る汗が、ほとんど出てこない。マズいかなと思ったけど信号待ちでダバダバ出てくるから、風の大切さを痛感する。風で乾いてしまう。自宅の扇風機も増設する必要がありそうだ。


脳神経内科を卒業し、実走を解禁してみた。

ZWIFTのおかげで、この2ヶ月間の累計走行距離が2500kmを超えた。そこそこ速くなっているんじゃないか。脚を試したくなったのだ。


ときがわ町は雲が多く、湿ったにおいが立ち込めていた。時折日が差しつつも山にはどんよりとした雲がかかっている。夕立ちでも来るんじゃないかという不安でいっぱいになる。降られると清掃がとんでもなく面倒だ。そうなる前にさっさとすませてしまおう。そう思いながらも脚が、鳩山を抜けてときがわ町に入ってから脚が重くて仕方がない。


ここまで自走で約50km。だいぶ脚を削った。見慣れたというか、懐かしい風景を目にして気持ちはすでに十分満たされていて、正直、峠に行くモチベーションはだだ下がりだった。往復130kmの計画だ。もう引き返したくなった。


それでもせっかくここまで来たのだから、登る。手前の大野物産直売所でコーラを流し込んだらストラバを起動してスタート。1年ぶりの白石峠である。


結果、リザルトは手元の時計で35分、ストラバで38分というよく分からないものだった。しかし前回とのマシンのスペック差から言えば、ずっと良いのではないだろうか。そしてやっぱり山は苦手だと痛感した。


自己ベストは4年前の36分0秒(もう4年も経つのか)。それから白石峠は昨年夏にフラッと登って39分、悔しくてその翌日にもう一度トライして40分だったとき以来。いずれも7.1kgのスーパーマシン、キャノンデールSUPERSIXEVOで、だ。ショックだったなぁ。


今回は平地セッティング8.6kgのチネリ。しかもフロントのチェーンリングは歯数39。SUPERSIXEVOの34Teethより5つも歯が多い重いギヤ。さすがにリヤのスプロケは28Tに替えてきたけど、タイムを出しにきたというよりはリハビリついでの力試しが目的の登坂だった。


僕はクライマーではない。ZWIFTをやりまくって少しは坂も登れるようになったかな?と淡い期待を胸に登ってみただけだ。そしてそれなりに結構登れるようになったのではないかという、ある種の呪いにかかっていた。


そしてこれでついに、登坂に未練がなくなった。諦めがついた。自分は登坂にはやっぱり向いてない。パワープロファイルでバリバリのスプリンターであることが分かったように、絶対にクライマーではない。FTPが低いと言ってしまえばそれまでだけど、瞬間的に1000W近いパワーを出せる一方で、何分にも渡って安定した数値を出し続けることができる脚質ではない。


パワーメーターのおかげで自分の生き方がはっきりした。才能・素質・脚質的に坂を登れなくてよいのだ。これからはド平坦一発屋の平地専門スプリンターとして、胸を張って生きていける。


清々しい帰り道となった。いつも寄ることにしていたあぢとみ食堂もパス。さっさと帰宅して小一時間昼寝してから、お迎えに向かう。


多くはないが、何人かの方々の応援・励ましによってここまでこれた。本当にありがたいと思う。自分が一度は社会的弱者に落ちたことで僕自身も人に優しくなれた。この身分もあと少し。会社復帰まであと少し。