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お金は最高のクスリさ

自転車は、まあ好きである。

お金はもっと好きである。 

お金はクスリさ。僕はお金中毒だ。


自転車に乗っているヒマがあったら年収上げたい。もっともっと物質的に豊かな生活がしたい。


間取り2DK家賃32,000円の公団(ELVなし冷暖房なし)に5人で住まわされていた幼少期。結露でカビだらけ、時々ゴキブリが出るあの暮らしは嫌だ。当社比底辺な暮らし。団地は好きだったが、あの生活環境、さらには現金が枯渇したあの陰惨な家庭環境には絶対に戻りたくない。


酒を飲まない父が素面で兄や妹や僕をぶっ叩き蹴っ飛ばし踏みつけ、止めに入る母をビンタする毎日。後年、身体が大きくなり力を付けた校内暴力世代の兄が父をぶん殴り母をぶん殴り団地内を追いかけ回しては、家の中をめちゃくちゃにぶっ壊す毎日(僕は厄介者扱いされて別居させられていて、それはそれ)。


階層移動をしたかった。底辺から抜け出したかった。ちゃんと大学を出て勤め人となって、普通の暮らしをしたいと願った。


会社でずいぶん苦労したであろう父は、四十代半ばで、今で言うデイトレーダーとして独立した。信用2階建てで派手に商いを繰り返した。やがて証券会社の支店長たちが毎月のようにメロンを持って挨拶にくるようになった。四季報に何社も名前を載せて自慢していた父。世間ズレしたまま自信を持ち、ますます威張っていった。


それからほどなくして、風呂が2日に1回となり、冷蔵庫の電源が抜かれて、食事は毎日、石井のチキンハンバーグになった。あんな生活は絶対に嫌だった。早く脱出したかった。やがて兄は蒸発し、父は追証2,000万即日納付とかさらに世間ズレして月日は過ぎていった。


地方の警察署から連絡があって兄が帰ってきて、やんちゃなニートの面倒を見る両親。傍から見て悲惨な老後。兄と派手に殴り合った日、僕は逆勘当という温もりあふれる母の慈愛と引き換えに実家と縁を切った。


母のおかげで大学に行かせてもらって、今はそれなりの生活を送ることができている。運も良かった。そしてもっともっとお金が欲しい。もっと豊かな暮らしをしたい。物質的に満たされた生活を送りたい。そのためなら自転車なんか乗れなくていい。全然構わない。自転車で腹は満たされない。自転車で収入は上がらない。自転車ではキャッシュフローは好転しない(ウーバイーツ?何それ?)。金だよ、金。金があれば大抵の欲は満たされるし、大抵の不満は収まる。最高のクスリだよ。


ロードバイクに乗っている人たちを横目に、自分は今とても幸せなんだと言い聞かせる。金を人並みに稼いで願った通りの暮らしができている。幸せじゃないか。最高だ。なのになぜ、世界選手権に出るレベルでもないのに、いい年して大ケガをして、それでも出勤前に朝練だの夜練だの週末チーム練だのをやってロードレースに打ち込んでいる、そういう人たちを見てイライラするのだろうか。子供を放り出して好き勝手やって、自分の人生を楽しんでいる。謳歌している。


羨ましい。心底羨ましい。どうしてこうなった。僕のダルクはどこにある。探す気なんてさらさらないけどね。